マシュマロの薬剤師日誌

病院で薬剤師やってます

メイロンを使うにあたって(炭酸水素ナトリウム)

先日、京都大学病院で起きた炭酸水素ナトリウム誤投与に関する事故の調査報告が公開されました。

 

 

 事故の内容は、

造影CT検査による腎障害の影響を軽減させる目的で炭酸水素ナトリウムを投与するレギュレーションになっていたところ、誤って規定よりも濃度の高い同一成分薬剤(本来投与すべき薬剤の6.7倍の濃度)を急速投与したために心停止に至ったというものです。

 

報告書を読むと、インシデントの積み重ね、様々な情報がすり抜けた結果、こうした事態を招いたことがありありと伝わってきます。

 

処方した医師の責任を追求して終わるものではなく、間違いの起こらないシステムになっていたのかということを考えれば、病院にいて、そのレギュレーションを目にした者すべてに責任があると言っても過言ではないでしょう。

 

 

今回使用された炭酸水素ナトリウムは、救急の場でも見かけることが多い点滴製剤です。

濃度は8.4%のもので、商品名を「メイロン」といいます。

 

炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)は、

に入れるとNa+(ナトリウムイオン)とHCO3-(重炭酸イオン)に電離し、

重炭酸イオンはさらに水素イオンと反応して二酸化炭素になります。

 

この反応は行ったり来たりしながら、水溶液のpHを変動させます

体の酸・アルカリのバランスをとる重要な物質なのです。

このバランスを調整したいときに、

直接炭酸水素ナトリウムを投与します。

 

重炭酸イオンアルカリとして働くので、

炭酸水素ナトリウムは、体をアルカリに傾けたいときによく使われます。

 

 炭酸水素ナトリウムがよく使われてきた場面として心停止蘇生後が挙げられます。

何とか心臓が動き始めた、という体は代謝の低下からアシドーシスとなっているので、補正のために炭酸水素ナトリウムを投与するものです。

酸に傾き過ぎているから、アルカリに傾けようというわけです。

 

 ただ、補正に炭酸水素ナトリウムを使うのがベストなのかという点については、実は議論のあるところです。

 

アシドーシスの原因は様々で、

乳酸が溜まっていたり、

ケトンリン酸、その他腎臓で処理されるべき不揮発酸が溜まっていたりと、

原因物質は多岐にわたります。

薬剤の中毒の時にもアシドーシスを起こします(サリチル酸など)。

 

 

 アシドーシスで何も問題がなければ介入の必要もないのですが、アシデミア(pHが低い状態)の環境下では、アドレナリンノルアドレナリンなどに代表されるカテコラミンに細胞が反応しにくくなることが動物実験で知られています。

 

このためアシドーシスは改善しなくてはならないものだとされており、アシドーシスを改善するために重炭酸イオンを補充して体のバランスを取ろうという発想の下、炭酸水素ナトリウムが投与されてきました。

 

ところが、アシドーシスを補正してもそんなに治療成績は上がらないということが分かってきます。

 

酸・アルカリのバランスを取ったところで、そもそものアシドーシスの原因そのものが改善されていないので、あまり意味がないのかもしれません。今では、心停止の治療において、ルーチンで炭酸水素ナトリウムを投与することは推奨されていません(参照: JRC蘇生ガイドライン参照)。

 

その他、集中治療室において、重度のアシドーシスがある人に炭酸水素ナトリウムを投与したら予後が改善できるかどうかを調べたRCTがあります。

 介入群はpH7.3を保てるよう、4.2%炭酸水素ナトリウム125~250mLを、30分かけて、最大24時間以内に1000mLまで投与しました。結果は、プラセボ群と比較し、炭酸水素ナトリウムの投与をしても28日死亡率に差はなく、入室7日目に1つ以上の臓器障害があるかどうかについても差が認められませんでした。もともと腎不全が指摘されている患者においては、死亡率改善、臓器障害の回避、透析の回避ができる可能性が示唆されました。つまり、少なくとも「とりあえずルーチンでいっとけ!」というような結果にはなっていないのです。

 

 「メイロン8.4%」には

ナトリウムイオンと重炭酸イオンが1000mEq/L入っています。

250mL投与すればナトリウムが250mEq入りますし、1L投与したら1000mEq入ります。

 

 

mEqとは電解質の濃度の単位です。

Eqはエクイバレントで「当量」を意味します。

mは1/1000を表すミリなので、

mEqはミリエクイバレントと読みます。

略して「メック」です。

 

イオンとして働く時、

Na+は1価の陽イオンとして働き、

HCO3-は1価の陰イオンとして働きます。

 

でも、それぞれ分子量が違うので、

Na+は1moLで23g、

HCO3-は61gです。

 

これだとどれだけ存在しているか分かりにくいので、電荷の大きさで評価するための単位がmEq。

同じ働きをする分だけ存在しているよという意味で「当量」というわけです。

 

 炭酸水素ナトリウム8.4%は250mL点滴したら250mEqのナトリウムイオンが入ります。

これは食塩14.6gに相当します。

 

1000mL投与したら食塩58.4g分です。

ラーメン10杯分くらいの塩分が一気に投与されることになります。

 

もちろん、重炭酸イオンもそれだけ入りますので、体はとんでもなくアルカリに傾くでしょう。

 

 ちなみに、メイロンはめまいにもよく使用されますが、何に影響しているのか、そして本当に影響があるのかRCTもないし、よく分かっていないのが現状です。使うなとはいいません。ただ、使用するなら安全性には十分気を使わなくてはいけません。